【時期】
令和8年4月
【分類】
所有権の売買
【場所】
多摩地域
【内容】
 平成28年に当相談室に相談をいただき、平成29年1月に借地権と底地を交換が成立したM様から昨年の年初に連絡がありました。M様の父親が令和6年8月に逝去し、その後、母親の認知症が進行してしまい、近所の高齢者施設に入居したそうです。M様の自宅は2階建で、床面積は約177㎡の6DKと大きな建物です。1人で居住するには広すぎるため、売却したいとのお話でした。

 M様は以前相続時精算課税制度を利用して贈与を受けていますが、自宅の敷地を小規模宅地の評価減を適用すると、相続税は非課税となります。そのため相続税申告期限(令和7年6月某日)までは自宅を売却することができません。M様の自宅の敷地面積は約312㎡もありますが、図のような旗竿地で間口が3Mしかありません。平成29年の交換時には当該地で永住をする予定で、建物を残すことを前提とした配置となりました。相続税の評価をすると約4,000万円になります。旗竿地の相続税評価額は整形地と比較して8割~9割と高く、(不整形地補正率が低いため)、実勢価格(整形地の7割程度)と乖離があります。

 M様にそれを説明すると、それでも相続税評価額以上の価格で売却したい旨の回答がありました。23区内は時価が路線価評価の倍程度である状態ですが、当該地周辺は路線価と時価の乖離があまりなく、M様の希望を実現するには知恵が必要でした。

 そこで前面の駐車場を管理している地元の不動産会社S社(元々当該借地を管理していた差配)の会長に面談を申し込みました。前面駐車場地の謄本を取得したところ、こちらも相続が発生して代替わりしていました。当方が提示した案は前面駐車場地を当該地と同時に第三者に売却しないかということです。駐車場地と当該地の面積比は4:6程度ですが、売却した場合には売買代金を5:5で分ける案を提示しました。

 当方の知り合いの戸建てデベロッパーに購入価格を打診したところ、駐車場地と当該地の合計で1億円との回答がありました。M様も旧地主にもメリットがある案と思いましたが、S社の会長は首を縦に振りませんでした。S社は地元で50年近く活動していますが、会長の業務は戸建て分譲であり、同業他社への売却を認めたくなかったのです。

 そこで今度は敷地を再度、交換して南北にわける案を提案しました(下記図参照)。しかし、この案は敷地面積は大きくなるものの間口が小さくなるので、メリットはないとの回答がS会長からありました。

 2案が通らなかったため、中古戸建として東日本流通機構に登録をしました。建物は平成3年築で築34年と法定耐用年数を経過していますが、部屋数が多く、二世帯住宅に最適と思われました。反響はそれなりにありました。アパートデベロッパーや投資家からの問い合わせを初め、居住用として再建築などの話がありましたが、話が前に進まず、12月中旬になって、日本語学校を運営する法人が先生の事務所として使用したいという理由で3千万円台後半での購入申込がありました。M様はその申込を受けませんでした。やはり相続税評価額である4千万円を死守したいという意向が強かったのです。

 それと同時に、以前、全体敷地の購入を希望した戸建てデベロッパーO社の担当者から連絡がありました。長屋住宅の敷地として購入したいとのことです。金額は現況渡し(建物の解体費用は買主負担)で4千万であり、M様の希望条件を満たします。M様はO社への売却を決断しました、と同時に不思議なことにS社の会長から助産院として購入を検討している地元の女性がいるとの話がありました。M様に話を伝えたところ、女性からの正式な回答を待つとの返事があり、数日待ちました。その後、S社の会長から「銀行融資の目途が立たないので、他を優先してほしい」との回答がありました。

 それから数日経った昨年12月下旬の日曜日に、M様はO社と売買契約を締結し、引渡時期を令和8年4月末に定めました。O社の費用負担で測量をし、境界確認書を取得することと新たに建築する建物の確認申請が下りることが条件であったためです。さっそく測量会社が近隣を回り、2か月が経過したところ、O社の担当者から、何度訪問しても会えず、書類も取得できない隣地保有者がいるとの連絡がありました。そこでM様と一緒に3月の第一日曜日に隣地保有者を訪問しました。呼び鈴を鳴らしても出てこないため、30分待って再び訪問しました。やはり出て来ないため、置手紙を残しました。1週間以内に書類に捺印をして返却して欲しい旨を記載しましたが、やはりなしのつぶてでした。

 隣地保有者はもともとS社が分譲した物件であったことから会長に面談をし、境界確認書の取得への協力を求めました。会長はその場で保有者に連絡をとってくれ、後日、自ら出向いて保有者から捺印をいただいてくれました。最初から最後までキーマンはS社の会長でした。これで売主の責務はなくなり、4月末に無事に決済を終え、O社に物件を引渡しました。本件は、借地権と底地の交換の交渉から始まり、エンディングまで10年かかりました。途中経過では、いろいろとありましたが、今はS社の会長に感謝してもしきれません。不動産の処理はキーマンとの関係で決まることを教えられた案件となりました。